はじめに
先月(2020年7月)は、他の主要通貨に対してドル安が継続的に進行しました。
先月は、FXトレーダーとしては結構わかりやすい相場だったと思います。でもこのドル安は結局、なぜでしょうか?
ドルの需給的要素、コロナウイルスの第2波感染拡大や、米国経済の先行き懸念といった他に、ドル安圧力が継続的にかかり続けている根本的なファンダメンタル的要素は、「米国経済が、米国の慢性的な経常収支赤字を賄うに足る金利水準を保持できなくなり、それが今後も続くこと」にあるとされています。いいかえれば、「経常収支赤字と低金利のセットが今後も長期的に続くために、ドル安になっている」とされています。
一方ユーロが買われてきたのは、EU復興基金が決まったことやコロナ感染第2波を比較的抑えている要素の他に、「欧州は世界でもっとも経常収支黒字が大きいから」とされます。
それほど、経常収支は為替相場にとって重要な要素です。「経常収支黒字国」か「経常収支赤字国」かの分類は、各通貨の脆弱性に直結します。
そこで本稿では、主要通貨ペアを構成する以下の国・地域について、直近5年の四半期ごとの経常収支を比較分析することにしました。(なお次回は、主要通貨国以外の国の経常収支をまとめたいと思います。)
- 日本
- 米国
- 英国
- ユーロ圏
- ドイツ(ユーロ圏の中の主要国として)
- オーストラリア
- ニュージーランド
- カナダ
- スイス
経常収支データの収集・整理の方法
本稿で使用した各国の経常収支の値は、IMFの国際収支関連のデータをまとめたWebサイト”BOP”(Balance of Payment and International Investment Position)のデータを使用しています。
Balance of Payment (BOP)とは、「国際収支」を意味します。今回分析する「経常収支(英語ではCurrent Account)」は、国際収支の一部なので、今回はIMFの国際収支データの一部を使います。
各国別経常収支の分析
それでは、各国別にチャートによる解説をすすめます。
以下のチャートはすべて、四半期毎で、2015年~2019年の5年間を表示しています。
日本
(IMFのBOP(Balance of Payment and International Investment Position)より、当サイト作成。以下の全チャート同様です。)
日本は安定した経常黒字国であり、これが通貨としての日本円の強さの一つの要因とされています。ただし、近年、日本の経常収支黒字の大半は「第1次所得収支(薄いオレンジ色。配当や金利を意味します。)」の黒字に依存しており、「貿易収支(濃いオレンジ色)」は全体のわずかにすぎないことがわかります。
サービス収支が近年黒字化してきたのは、訪日外国人客の増加などによります。
1980年~1990年台は日本は世界最大の貿易黒字国でしたが、最近の日本は、「貿易立国」から「投資立国」に変容しているといえます。
米国
米国は、恒常的な貿易赤字・経常赤字の国です。多額の貿易赤字は、一方で黒字である第一所得収支とサービス収支(旅行収支・ロイヤルティ収支など)で補いきれていません。
貿易赤字の国別の内訳では、対中国の貿易赤字が際立って大きく、2番手として、メキシコ、日本、ドイツが並んでいます。なお、EU圏を合計すると、中国の半分ぐらいの規模となります。輸出入の内訳を見ると、中国に対しては輸入が輸出の3.4倍、また日本やドイツも輸入が輸出の約2倍であり、貿易の不均衡は明らかです。
英国
英国といえば、「万年貿易赤字」の国です。
サービス収支は、比較的大きい黒字ですが、貿易赤字を補うほどでもないため、経常収支も赤字です。
以前は、サービス収支だけでなく、米国と同様に第一次所得収支が黒字でしたが、これも近年は赤字です。
英国は、製造業が大きく衰退した一方で、「サービス化」(特に金融業や不動産業)が特に進展した国といえます。万年の貿易赤字は、製造業の衰退と、旺盛な消費による輸入増の結果、といえます。
英国の貿易赤字は、国別ではドイツ他の欧州圏が大きな割合を占め、対米国は黒字です。
ドイツをはじめとする欧州圏から見れば、英国はお客(輸出先)として重要、ということですね。一方英国のお客(輸出先)は、欧州よりも米国の方が大きいです。
ユーロ圏、およびドイツ
ユーロ圏全体の経常収支のチャートと、ドイツ単独の経常収支のチャートを並べて掲載します。
ユーロ圏全体としては、世界最大の経常黒字を計上しています。
ただしその内訳としては、ユーロ導入以降、ドイツ、オランダに集中して経常黒字が恒常化している一方、スペイン、イタリア、ギリシャ等では経常赤字が恒常化しており、ユーロ参加国間の経常収支の不均衡が常態化しています。
ドイツは、ユーロ発足直後の2000年頃を機にして、経常収支が黒字転換し、それ以降、経常黒字が恒常化しています。
ドイツは、1980年台までは黒字でしたが、1989年の東西ドイツ統合によって赤字に転落、1990年台はずっと赤字でした。
しかし2000年のユーロ発足の後は、自国単独の国力より安く評価される通貨ユーロの恩恵を受けて、輸出を拡大できました。
なおユーロ圏の経常赤字国の輸入の多くは、ドイツからの輸入です。
オーストラリア
オーストラリアの経常収支・貿易収支の構造は、他の先進国とはかなり異質です。
資源国であるオーストラリアは、一次産品を輸出して工業製品を輸入するという、新興国に似た貿易構造を持ってます。上のチャートでは、近年の貿易収支黒字化の傾向を示しています、一方で第一次所得収支は恒常的に赤字なのは、海外から多額の投資を受け入れてきた結果です。また、積極的な移民政策による内需拡大も特徴です。なおコロナショックの直前には貿易黒字が急拡大して、経常収支も黒字転換していました。
ニュージーランド
ニュージーランドは、先進国の中では経済規模は比較的小さい国です。
ニュージーランドの貿易収支は、上のチャートの通り季節性が強く、これは農産品の輸出が例年3~5月に黒字拡大して、7~10月にかけて赤字拡大するためです。第一次所得収支が恒常的に赤字なのは、オーストラリア同様に、海外から多額の投資を受け入れてきた結果です。
カナダ
カナダは、国土は広いですが、経済規模は先進国の中では比較的小さい国です。
カナダの貿易収支にも季節性が見られます。カナダの貿易構造は極端に米国に依存しており、米国向けの輸出は全体の4分の3を占めています。また、カナダの輸出の4分の1は原油などの鉱物資源であるため、資源価格の影響を強く受けます。
スイス
スイスは、日本と同じく恒常的に経常黒字の国ですが、その内訳は日本とかなり違います。
スイスの経常収支の黒字は、貿易黒字を主因としています。輸出は、多国籍企業が生産する化学・製薬・精密機械などの高付加価値品がメインです。スイスフランは、これらのマクロ経済的背景などにより、長年「スイスフラン高」がすすんでいます。
ユーロスイスフラン(EUR/CHF)はリーマンショックの頃は、1.6台でした。その後いわゆる「スイスフランショック」をはさんで、長期的にスイスフラン高がすすみ、現在は1.06台で推移しています。